· 

写真とアートの境界線

 

写真が好きなので、SNSで写真に触れることは

それなりに多い方なのではと思います。

 

意識していなくても

目や耳に入ってくるのは写真に対する想い。

それは必ずしもポジティブな内容だけではありません。

 

 

プライベートレッスンの最中や

レッスンを受講されていない方とも

インスタグラムでメッセージを交わすことがあるのですが

 

大好きな写真活動の中でも

モヤモヤを感じる人は多いように感じます。

  

 

その中のよくある内容について

シェアしてみたいと思います。

 

 

 

 

デジタルカメラで写真を撮るということは

写真データの編集が容易です。

 

(どんなファイル形式で撮るのがいいか

編集をするのとしないのはどちらがいいか

という点に関してはここでは割愛します)

 

 

私はRAWというファイル形式で撮影し、

写真用紙にプリントするためのデータ作成や

インターネット上にアップロードするために必要な

現像(編集)処理をします。

 

 

それはフィルムで撮った時に

写真屋さんがネガにしてくれるようなイメージのこと。

 

デジタルでは撮影者が自分好みに現像(編集)するので

SNS時代の今、写真表現が多様化している理由とも

いえると思います。

 

 

 

 

ここで、多くの人に

モヤモヤが発生することがあるようです。

 

・どう編集したらいいか迷ってしまう

・自分好みの編集がうまくいかない

・写真なのに現実味のない編集ってアリなの?

・すごい加工写真ばかりが目立っていてモヤモヤする

 

 

ざっくりいうとこんな感じでしょうか。

 

 

 

 

 

私は、現実と離れた編集を目にしたときには

写真というよりアートと捉えます。

 

 

撮る・写す →  写真

 

加える・作り込む →  アート

 

 

という考えです。

 

 

 

 

 

・実際の天気とは違う演出

 

・現実にない色味が強く出ている

 

・そこにはない光や影・被写体を

 本来存在しないところに発生させる

 

 

→  写真を元にしたアート( ≠ 写真 )

 

 

 

 

 

 

「この編集すごい」

「どうやって編集したんだろう」

     

見た人が、こんなにも

「編集」に対して思いを馳せている時点で

" 写っているもの " に没頭できていないわけだから

 

撮影者が本当に伝えたいことが伝わっているのかは

もしかしたら微妙なところかもしれません。

 

 

 

「すごい編集」を見てもらうことに

喜びを感じる人にとっては

いい作品ができた!という気持ちになるでしょうし、

その真意は撮影者だけが知るところでしょう。

 

 

 

 

 

どんな編集にしようかと迷うことがあるなら

 

「〇〇な写真」と、形容詞やテーマのようなものを

写真につけようとしている時なのかもしれません。

 

 

 

 

迷った時には、その前に

 

写真表現をしたいか

アートを作りたいか

 

という選択をまずしてみると

迷いが少なくなるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

私の場合は、テーマを掲げるようなことはほぼなくて

基本的にはありのままを表現したいのですが

 

写った被写体に合うと思えば

肉眼で見た時よりも幻想的に仕上げてみたり

 

その用途によっては、あえてポスターのように

アートに寄せて作ることもあります。

 

 

"加工" といえる領域のことをする時には

まず前提として、加工したかどうかは

気にならないよう仕上げます。

 

作品を作る上で必要性を感じるからやっているので

その場合は加工したと思われてもいいと思っています。

 

 

意図を決めて、自分のしたい表現をしていくことが

写真やアートを軽やかに楽しんでいける

ポイントになるような気がします。

 

 

 

 

 

ここに書いたことは、私個人の捉え方であって

正解というわけでもなく

違う考えの人もたくさんいると思います。

 

 

自分の中に捉え方・感じ方の基準があるので

私は写真を見ていて、

モヤモヤを感じることはほとんどありません。

     

好きなことを楽しむのに

自分の軸のようなものがあると、

他の何かからネガティブな影響を

受けにくいのではないでしょうか。

 

 

 

軸を持つことを難しいと感じたり

それがブレてしまうことはあると思います。

 

そういう時には、自分の考えをシェアできるような

信頼関係のある人の力を借りられるといいですよね。

 

 

 

 

And minimalのフォトレッスンは

主にマンツーマンで行なっています。

 

真面目なことから不真面目なことまで 笑

本音で話せるプライベートな空間を持てるのが

この形式の醍醐味。

 

 

 

私たちの身近な存在であるSNSには、

良くも悪くも多くの写真に触れる機会があります。

 

自分が表現したいことと

世間の風潮に違和感を感じたり、

新しいものが出てくるたびに

次から次へと疑問が湧いてくるものです。

 

 

モヤモヤしたりわからないことは

声に出して、まず外へ出してしまうのはおすすめ。

 

ただそれだけでスッキリするから。

 

 

 

 

 

本音を話しすぎると

誰かのことを悪く言っているみたいで

引け目を感じる人もいるのではないでしょうか。

 

私の周りに多くいる、真面目な人ほどそう。

 

 

 

誰かを悪く言うのではなく

 

他者や、身の周りで起こったことに対して

" 自分がどう感じているのか " 見つめる作業です。

 

 

 

どうしたらいいかという答えを

その場で出そうとしなくてよくて

 

感じた違和感やモヤモヤの正体がわかると

その反面、自分にとって何が大切なのか

輪郭がはっきりとしてくる。

 

そうやってリセットして

また自分が大切にしていることへ

前向きになっていけばいい。

 

 

私もたまにそういうことがあると

お耳を借りて、聞いてもらうときもあります。

 

ただシェアするだけで充分。

 

 

 

いいものは取り入れて

いらないものは出す。

 

それは人間の生理に適っていることなので

心身ともに健康的に、好きなことを楽しんでいくためには

技術を磨くのと同じくらい大切な時間だと思っています。

 

 

 

 

 

 

SNS写真時代のリアルと本音①

すごい写真じゃなくていい

 

SNS写真時代のリアルと本音②

「写真とアートの境界線」

 

SNS写真時代のリアルと本音③

新しいは古くなる