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勉強嫌いで学び好き

 

子どもの頃から勉強が嫌いでした。


自分なりの(都合の良い)解釈としては

毎日「勉強しなさい」と言われ続けたことで

そうなったのかなぁ〜と。

 

 

 

大人になって、没頭するほど好きなことに出会えたり

ありがたいことにそれができる環境に

身を置くことができています。

 

 

今は写真がそれで、

もっとできるようになりたいと思った時に

調べたり本を読んだりノートに書いたりする作業のことを

形式的に「勉強」と呼ぶことはありました。

 

でもそれにちょっとだけ違和感があって、、

 

 

 

自ら好きなことを追求していくのは

私が好きではなかった

やらされる感満載の「勉強」というより、

「知りたいことを満たしている」感覚でした。

 

 

 

 

 

子ども時代の塾や習い事には

充実感があった気がします。

 

学校と違い、自主的に求めた勉強の場だったし

自分に合う内容や先生を選んだこともその理由かと。

 

 

目標に向かってがんばらないといけない時期もあるので

もちろん大変な時もありましたが

 

自分(と親)がいいと思った先生に

近い距離で見守ってもらっているので、

身につく・できていく感覚があったように思います。

 

 

 

これは間違いなく、実になる「勉強」。

 

でもここで嫌な感覚はなくて

大人になった今でも役に立っていることが多くあるし

やっていてよかったなぁと心から思います。

 

もしかして「勉強しなさいと言われる」のが嫌いなのかも…!

 

 

  

 

 

私の中では、

"身についているか"をちゃんと感じられるのが大切です。

 

 

本やネットに書いてあることを読んだりするのは

"情報を得ている" 段階。

 

 

情報を見ることと

それが身についたかどうかというのは、

また別のこと。

 

 

 

 

「前よりできるようになりましたね」

「これはやらない方がいいと思う」

「こうするともっと良くなりますよ」

 

自分(がやっていること・作り出すもの)が

今どうなのかを知りたいし、

もっと良くなるためのことを知りたいから

こんなことを言ってもらえるのがすごくうれしい。


確信が得られる。

不安や疑問が少しずつ小さくなっていく。


 

私の中には、人に教わったり助言をもらうことで

身につく感覚があります。

 

 

 

 

「勉強しなさい」と言われてやるのと違って

 

自ら好きなことを追求していくのは

「自分を知る」感覚で、

 

これを満たしてくれるのは

人を介して学ぶこと。

 

 

それを「勉強」と呼ぶのなら、

私は本当は好きなのかもしれません。

 

 

 

 

 

誰しも子どもの頃は、運動会・部活動

テスト・成績表・受験など…

様々なことで順位や合否をつけられてきたと思います。

 

 

数字で表現されることには

結果や成果がはっきりと出るので

それで得られることもたくさんあると思いますが

 

大人になった今、そういう環境に身を置くかを

自分で選ぶことができますよね。

 

 

順位や優劣を決められることは

ある程度経験してきたし、

今の私には必要ないかなぁと思っています。

 

(人より多く経験したわけではなく、あまり性に合わない)

 

 

 

 

他の誰かと比べるよりも、

過去の自分との比較ができれば十分。

 

少し前の自分よりも成長できているか

魅力を磨いていけるのか

 

 

私はそういう世界で楽しみたい派で、

それを実感できる学びが好きということですね。